リスボンレポート 2014年夏 その1 【8/24 リスボン着】

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ドバイを経由して到着したリスボンは30℃に満たない気温、湿気のない気候でとても過ごしやすく、夏にヨーロッパだけでなく世界中から観光客が集まるのが納得のいくところでした。

毎年書いているような気がしますが、リスボンへ来るたび着実に時間は経って人は歳をとるものだと再認識します。

このレポートを始めて3年目となる今回は、カテゴリー別ではなく時系列で1日ずつ追っての日記形式にしようと考えています。故に、全体的に私的な内容が含まれますが、その点はご容赦願えますと幸いです。

 

アパートから通りを見下ろす

アパートから通りを見下ろす

Alfamaのアパートに到着して荷解きをし、初日の晩はいつもどおり、留学時代師匠パレイラに連れられて修行をしていたVelho Páteo de Sant’Anaへ。
オーナーはリナ・フェレイラ婦人。店に入って彼女を探したところ先にご主人と会いました。
「トゥミ(私のファド界隈での愛称)、太ったとか背が伸びたとかは聞くが、ハゲたは初めてだ(笑)。お前もいい年になってきたんだな。ようこそリスボンへ」
そんなおちゃめな挨拶で迎えてくれました。
テーブルへ案内してもらう途中でリナ婦人を見つけたご主人が「リナ、カレッカが来たぞ(笑)」(※カレッカ=ハゲ)とかぶせる始末。おかげでポルトガル語のリスニング感覚が一気に戻りました。

カタプラーナ鍋を頼んでファドを待つ。前もって聞いていたとおり師匠たちはバカンス(私のリスボン滞在を9月だと勘違いしていたそうで…)でお休み。代役は以前他所で知り合っていた銀髪の色男ゼ・カストロと若いルイス・ギマランィス。ギターラのゼはずいぶん久しぶり。彼もたくちゃんことファディスタの高柳卓也氏と親交のある人物です。ますます中年の渋さに磨きがかかっていました。ヴィオラのルイスはアジアの血が入ったテンションの高い青年。センスと若い奏者特有の良い危うさ、そして案外全体を見渡す視野をもった有望株です。歴史的な伴奏者たちにも、代役からキャリアアップしていったケースがたくさんあります。そしてもう一人女性ヴィオリスタのクリスティーナの3名が伴奏隊。クリスティーナはインテリジェンスを感じさせる穏やかな人物です。夫はアマチュアのファディスタ(ファド歌手)。先日「CDを作ったから」と日本に送ってくれました。

本日のファディスタは全体的に若めのラインナップ。始めにヴィオリスタのルイスがFado Menor、Fado Pedro Rodrigues、Fado Pechinchaと古典ファドの中でもプリミティヴなものを歌い、トップバッターの女性ファディスタ カリーナが登場。彼女のファドを聴くのは客として伴奏者として何度目かでしたが、相変わらず丁寧な歌い口でした。
2人目は今回始めましての男性ファディスタ、ルイ。声につやのあるソフトな歌声が魅力的でした。マルシャが得意なところを見ると、劇場歌手との兼業かもしれません。
実質のトリである3人目はおなじみジョアナ。あのころは楽屋で大学のレポートに追われていた彼女もすっかり貫禄めいたものがついてきました。イタリア人、スペイン人、ドイツ人、韓国人、日本人といる観光客のためにいくつかの言語で口上を述べ、我々の日本人テーブルに向けて英語で話している途中目があって「びっくりするじゃない!?来てたの?」と素になる彼女。蓋を開ければまだかわいげの残る若手ファディスタです。

Casa do Fado "Velho Páteo de Sant'Ana"

Casa do Fado “Velho Páteo de Sant’Ana”

ジョアナのステージ後にリナ婦人がやってきて「ゼがギターラを貸してくれるって言ってるからギタラーダ(器楽曲)と私の伴奏を1曲づつ弾いていきなさい」とのありがたい提案をくれました。お言葉に甘えて計2曲の演奏に参加し終えたところ、様子がおかしい。ゼが来ない。そのことを言う前にリナ婦人が次の曲名の宣言(ファドはファディスタがその場で歌う曲を決める)。伴奏をしたことのない曲だけど、ルイスの助けを借りながらアドリブで乗り切る。すると店の名物グランドフィナーレに向けてファディスタが一人ひとり加わってゆき、私も抜け出せない状況に。
とにかくひととおり終わった後、ゼが気を悪くしていたらいけないと思ってファディスタたちとの会話をそこそこに楽屋へ。ゼに感謝と謝罪をすると、あともお前が弾けとの返答。これはいよいよまずいぞと思っていたら、ルイスを交えた会話の中で実はゼが体調をくずしているということがわかり、ゼもオーナーに「もし明日トゥミが空いてたら彼に代わってもらえないか」と話していました。先ほどまでの演奏に彼独特の覇気が感じられなかった理由はそのためでした。無論短期滞在で私も空いておらず。「久しぶりに会ったんだから、私はあなたの演奏が聞きたいんですよ。今日はFado Zé Ninguémを弾き語りしないんですか」と伝えてテーブルへ戻りました。

次のステージ、伴奏者の椅子に座りつつ、小声でこちらに「おい、仕事だぞ!おまえこっちに来て弾け!」といたずらっぽく笑うゼの姿が。立ち上がって椅子に片足をかけてFado Zé Ninguémを歌ってくれ、こちらは心が軽く。異国とはいえやはり人付き合いの中で続いている私の仕事です。ホッとしました。

帰りのタクシーの中、私が毎日通っていたころのファディスタたちを思い出し、このままジョアナが安定感を増して居座ってくれれば当時「無休の門番」的存在だった故マリア・ベンタのようになるかもしないし、ルイも同じソフトで声が抜群に良いジュゼ・マヌエウ・バレットのようにこの店を支えてゆくのかもなといったことが頭をよぎって不思議な気持ちに。ジュゼ・マヌエウはかつての人気劇場歌手ですし、ジョアナが各国語で口上を述べた姿はマリア・ベンタそっくりでした。

今後もリスボンへ来るたびに立ち寄ろうと思います。