リスボンレポート 2014年夏 その3 【8/26 12年ぶりの伴奏】

時差ぼけで一睡もできず、原稿を書きながら夜明けを迎える。リスボンに通い始めて14年、いまだに慣れません。
午前中に仕事の案件を片付け、昼過ぎにはプライベートの用件へ時間を割き、夕方は疲れている田中に無理をお願いしてもうひと案件。内務の一日でした。

せっかくアパートのすぐそばなので日々の挨拶と資料の物色でファド博物館へ。同い年の職員リカルドに「最近どないしてる?」と声をかけたところ、パレイラから博物館をとおして新著の贈呈があるとのこと。受け取りのサインをして帰宅したとたんに携帯電話が鳴る。とってみたらパレイラ。感想を聞く電話でした。

『O Livrodos Fados』著:António Parreira

『O Livrodos Fados』著:António Parreira

『O Livro dos Fados』
古典ファド180曲をまとめた画期的な曲集です。ファド黄金期に演奏をしていた世代には珍しく楽譜の読み書きができるパレイラだからこそできた1冊であり、私が彼と出会った12年前には既に執筆の準備を始めていました。それぞれアドリブによって変化をさせながら歌われることを前提としつつ各曲の代表的なメロディーラインに加え、その間にギターラが入れる手合いの例示も記載されています。
実は私もこの本の中でいくつか、読者にはわからないレベルのお手伝いをしています。
楽譜の写真は各曲作曲者の音楽著作権が関係しますのでご容赦ください。

Café Luso

Café Luso

夜は紆余曲折会ってCafé Lusoへ。昨年のレポートでも書いたクリスティアーノ・デ・ソウザが歌う店です。といった説明も必要のないバイロ・アウト地区の盟主数店のうちのひとつ。ベテラン男性ファディスタで現場責任者のフィリペ・アカーシオは20歳前後の見習い時代に同じく見習いだったパレイラとカスカイスのCasa do Fadoで修行を積んだ人物。パレイラがよろしく言っていたことを伝えると、その店でアウフレッド・マルセネイロやマリア・テレーザ・デ・ノローニャ、ジュゼ・ヌネスといった伝説の面々の付け人をしつつ共演した話をしてくれました。

賛否両論のある劇場のような舞台と音響設備でファドが始まる。客席の照明がおちても団体の外国人観光客は変わらずうるさいまま。ファドのステージと交互に入るフォークダンスは10数年ぶりに見ましたが、それら全てからLusoの早い時間帯の経営方針が感じ取れ、クリスティアーノから「よければ遅い時間に来てくれ」と言われた理由がわかりました。
喧騒の絶えない1周目のトリに出てきたフィリペ・アカーシオの1曲目が『Silêncio(沈黙)』。絶対にわざとである。次に歌った『Coimbra』はテーブルにある白のナフキンを振りながら。おそらく「さっさと帰れ」の意。団体客たちは気づかず喜んで自分たちのテーブルにあるナプキンを振る。

団体客が引け、ファドを演奏する位置が客席内に移る。我々も移動させてもらって、ようやくやってくるファドの時間にそなえます。その間もアカーシオはずっと鼻歌を歌いながら接客しつつ、若い女性客たちに声をかけてまわる。その軽さがなかなかにセクシー。

既知のギタリスタ、サンドロ・コスタから声がかかり演奏へ参加させてもらえることに。1人目の女性ファディスタが1曲目に『Barco Negro』をコール。隣のサンドロがイントロを弾きながら「ファドの時間にファドじゃない曲を歌う気がしれない」と私にささやく。パレイラも全く同じことをよくするので、この曲に対しての印象は世代に関わらないのかとも思いました。いまさらですが、この曲はブラジルの曲です。
後日高柳たくちゃんに聞いた話では、若い伴奏者たちにはこの曲を知らない人も見られるとのこと。時代と世代を考えれば納得のいくところですし、現場で学んだ人材が触れる機会のない曲であるのもたしかです。

2人目はクリスティアーノ。昨年はお互いの日程がうまく合わず共演できなかったので、これが12年ぶりの伴奏です。
当時私は24歳、彼は26歳だったか。クリスティアーノ・デ・ソウザ、マリア・ベンタ、ジュゼ・マヌエウ・バレット、そして土曜の夜にはテレーザ・タロウカというのがVelho Páteo de Sant’Anaのラインナップでした。クリスティアーノも私も見習い。改めてこのことを話すとパレイラは「お前らの関係は俺とフィリペ・アカーシオみたいなもんだ」と言っていました。

アカーシオのステージ。自分の歌うスペースのまん前に机を置き、若い女性客を1人そこに座らせてじっと彼女を見つめながら歌う。1曲終わっても「待って、まだ戻らないで」と言ってもう1曲歌い、3曲目は違う女性を座らせて歌う。その流れ、間、テンポ、スピードが完璧である。

その後客の出入りの関係でステージとステージの間が間延びしてそこそこの時間となり、伴奏隊もうとうと。サンドロも2度ほど寝ながら弾いていました。ファドの伴奏者に必須のスキルです。すると女性ファディスタが「あなたたち眠そうね、私がもっと眠くしてあげる」とスローテンポな曲を3曲続け、追い討ちをかけてきました。

26_3クリスティアーノとサンドロ、そしてアカーシオのはからいで田中も2曲歌わせていただいたあと、アカーシオが「お前ら本当に夢でも見ながら弾いているみたいだな」と言って、先ほど女性客たちを座らせていた席に今度は自分が座り、Fado dos Sonhos(Sonhoは「夢」の意)を静かに歌い始めました。伴奏もそれを追いかけてゆく。伝統的に辣腕をふるう経営陣だけでなくアカーシオの存在がLusoの歴史を支えているのは間違いなさそうです。

帰り際にクリスティアーノへセニョールTのセカンドアルバムと奥さんへのプレゼントを渡し「12年ぶりにお前の伴奏したんだぜ」と言うと「え、そうだっけ?!CDで聴いてたりしたからそんな気していなかったよ」との天然な返答が。悪いことではないように思いました。こんなやり取りがリスボンのファド界隈のあちこちであるのかもしれません。そのうち彼とじっくり共演する機会があればと思います。

Cristiano de Sousaと

Cristiano de Sousaと