リスボンレポート2012年春 その4【Casa do Fado “O Faia”】

案内役やプライベートで行ったCasa do Fadoについてもいくつかレポートしておきます。1°のホームであるVelho Páteo de Sant’Anaに関してはいろいろなところで散々書いてきましたし長くなるので、今回は割愛します。
(※文中の「古典ファド」「歌謡ファド」の違いに関しては、インターネットラジオ「ファドの時間」または「ファドの時間公式ガイドブック」をご参照下さい)

まずはBairro Altoの名店O Faia。Lucília do Carmoが1947年に作ったAdega Lucíliaの後継店です。E-mailで希望日時、人数、名前、携帯番号か宿泊しているホテルの名前を送ることで予約が可能になっていました。一応のマナーかなと思って「偉大なCasa do FadoであるO Faiaでファドを聴けることは大変な光栄です」といったことをメールの最後につけたら、演奏スペースのドまん前の席をあてがってくれました。

最初に登場したのはAna Marta。なぜかO Faiaの若手女子ファディスタはキレイドコロと決まっています。この店のように観光客相手がメインの場合は初っ端に若いもんが出てきて、あからさまな媚びかたでノリの良い歌謡ファドを歌って客席を暖めるというのがパターンなんですが、1曲目からド古典、柔らかい曲調のFado Vianinhaから。
全4曲終わってみたら、3曲が古典曲。これもO Faiaの伝統からくるプレッシャーみたいなものなんでしょうか。ちなみに曲目は登場して客席の雰囲気を見てから決めます。それにしてもチャレンジ精神あふれる選曲でした。

インターバルの後、次に登場したのは「最後の伝説」António Rocha。さっきからトイレに行ったりエントランスで待っていたりする姿だけでもカッコイイ。御歳74歳の人間国宝。私も留学中ずいぶんお世話になりましたし、上智大教授でファド会主宰のMauro Nevesの師でもあります。
この名手が最初に歌ったのはJorge Fernandoのヒット曲『Pode Ser Saudade』。知っている者からしたらサプライズ。それでもやっぱりうまいし、毎回歌うごとに違うんだろうなというのがわかる見事なファドでした。古典はFado Tangoだけで計4曲。ときどき『Lágrima』を歌ったりもします。

3番手は長年メイン前の番人を務めるビッグ・ママAnita Guerreiro。かつての劇場歌手です。当然劇場系の歌謡ファドを歌うことが多いのですが、Fado Franklim4ªsというこれまたド古典から。今日は全体的に何だかいつもと違う。さらにFado Tamanquinhasと続き、『Coimbra』『Grande Marcha de Lisboa』と続きました。後ろ2曲はお約束。特に『Coimbra』の途中でビートを変える歌い方は、もはや伝統芸の域に達しつつあります。

そして当代の女王陛下Lenita Gentilの登場。と思いきや、ちょっとした事件。奥のテーブルにいた日本人女子4人組がLenitaの出演直前に席を立ち、さあ出てゆこうとする彼女の前を通って帰る。ああ、注意したい、叱りたい。マナーもそうだけれど、どれだけもったいないことをしているかたしなめたい。当然ながらぐっとこらえる。
今まで4,5回彼女のファドを聴いていますが、曲目でその日の本気度がだいたいわかります。2曲目にLucília do Carmoの十八番だった古典曲Fado das Horasの『Maria Madalena』を歌ったことからも明白なように、本日はかなりの本気モード。そこからFado Pecinchaへと続き、ブラジル人の団体が来ていたので『Saudade de Brasil em Portugal』を。また古典のFado Menor do Portoに戻って、最後は『Lisboa Antiga』と『Lisboa Cidade de Luz』で仕上げ。怒涛のステージは健在でした。
サインをして回る際には息が切れており、その本気度を再確認。得をした気分になりました。

しかしファドとしては、本番はこれから。2周目に入ります。通例どおり、遅い時間は古典攻め。Ana MartaはFado Macauから始めてFado Tango、Fado Maria Rita。2曲目に既にAntónio Rochaが歌ったメロディを、3曲目には同じくAntónio Rochaの十八番を歌う勇気ある選曲。というか、君聴いてへんかったやろという選曲。観光客相手の店ということで、どうせわからないだろう的な気の緩みがあるのかもしれません。ただ、ポルトガルギターのFernando Silvaはキーが違っても同じフレーズを弾く癖があるので、バレバレなんちゃうのとも思いながら聴いていました。

トイレに行くついでにAntónio Rochaに「マエストロ、まだ一回歌われますか?」と聞いたところ、君たちが望めばねとの返答。残らねばなるまい。「何を歌われますが?」とたずねたら、「行ってから空気を感じて決めるよ。それがファドだからね」。
すると、2度目のステージの1曲目で、ついさっきAnaの歌ったFado Maria RitaをぶつけてくるドSっぷり。私が彼のレパートリーの中でFado Maria Ritaが一番好きだと以前から伝えているので気を遣って下さったのかなと思いましたが、それにしても厳しい選曲。そこからFado Pecincha、Fado Menor do Portoと古典の深いところが続いて本日は終了。これにRicardo Ribeiroが加わる日もあるというのだから、つくづく化け物級の店です。

オープンしたころは、今のエントランスになっている部屋にテーブルが2つだけだったとのこと。壁のアズレージョとして、今もLucília do Carmoは自らの系譜を受け継ぐファディスタたちを見守っています。

Rua da Barroca 54-56, Bairro Alto
Tel&Fax:+351-21-342-1923
E-mail:restofaia@iol.pt