リスボンレポート2012年春 その5【Alfama】

もうひとつのファドのメッカ、Alfamaの事情もいくつか。

最初に行ったのはParreirinha de Alfama。Alfamaの姑、御歳85歳になる大物ファディスタArgentina Santosの店です。電話して21時からの予約を頼むと「あんたそんなに遅くから来てどうするの!もっと早く来なさいよ!」と言われたので20:30で。しかしファドの世界において21時で遅いという感覚はどうもおかしい。

時間どおりに到着して、とりあえず食事。Bacalhau à Braz(鱈とジャガイモの卵とじ)を人数分。Argentinaの姿が見えないので旧知の店員さんに尋ねたところ、病欠とのこと。今までも何度か同じようなことがあったし、本人から「私もう歌えないのよ」と3度ほど聞かされながらも少し経てばまた歌っていたのだけれど、今回は本当にシリアスな状況だとのこと。実質引退だそうで、残念な限りです。予約時間の件もそれが関係している様子でした。

低い天井がかもしだす店の雰囲気、弾き語りの名物オヤジLuís Tomarなんかは相変わらずで、その点は安心しました。立派な門構えはAlfamaのシンボルでもあります。
Parreirinha
Parreirinha de Alfama
Beco do Espírito Santo 1, Alfama
Tel:+351-21-886-8209

 

次に、こちらもおなじみのFado Maiorへ。私も所属するAssociação Portuguesa dos Amigos do Fadoの会長Dr.Luís de Castroと、奥様であるファディスタDona Julieta Estrelaのお店。小さなお店ですが誇り高く、店内には偉大なるファディスタ、ギタリスタ、ヴィオリスタたちの写真が所狭しと飾られています。実際に、ファド博物館設立の際には相当数の資料を提供したとのことです。

Luís氏とArgentina Santosの件で話をした流れで、ギタリスタのManuel Mendesが昨年69歳で亡くなったとのニュースを聞く。毎回リスボンに来るたびにこういった話があるのは残念だけれども、異国の文化と付きあってゆくというのはこういうことなのでしかたない。

ここでもBacalhau à Brazを注文する。実は数日前にファド博物館でDona Julietaと顔を合わせた際に、既に頼んでありました。それほどにこの店のBacalhau à Brazは絶品で、リスボンに来る楽しみの一つでもあります。「これを食べるためにリスボンに来るようなものだよ」と言うと「ふーん、Bacalhau à Brazを食べるためだけにFado Maiorへ来るのね(ニヤリ)」とDona Julieta。「ポルトガル語は揚げ足を取りやすい言語だから注意することね。ウフフ」と去ってゆきました。

この夜はサッカーの国内リーグで3位ベンフィカと首位ブラガによる重要な試合があり、ファドの間にみんなでラジオ中継を聞く。Dona Julietaはベンフィカファン、ギタリスタのAmélicoはそのライバルであるスポルティング・リスボン、私とLuís氏は隣町のBelenenses(現在2部リーグの下位)なので蚊帳の外から楽しむかんじで。

ところで、ポルトガルギターを持って来ていたので、私も伴奏に入れて頂きました。ファディスタは4人ほどいてそれぞれに個性があったんですが、中でもDona Julietaの伴奏はいつもどおり勝負の緊張感が沸きあがってきます。彼女は私が古典ファドを専門にしているのをよく知っており、また彼女自身古いファド人なので、選曲や曲中に仕掛けてくるニュアンスでこちらを試してきます。そういった遊び心もファドの醍醐味。堪能と言うよりもへとへとになって店を後にしました。

Fado Maior
Largo do Peneireiro 7, Alfama
Tel:+351-21-887-7508
fadomaior.restaurante@gmail.com

 

おまけのエピソード。

ファド博物館の前で客待ちをしているタクシーに「Ratoまで」と声をかけると、後ろのタクシーにしてくれと乗車拒否をされる。やむなく後ろの車に乗ると、運転手さんが「あいつ、Cascais(30km強)行きの客を狙ってるんだぜ」とのこと。適当に話をしていたら「ファドを聞いてきたのか」とたずねられたので「もちろん。Alfamaから乗ったんだぜ?」と返すと、じゃあ更にもう一つファドを聴こうとCDを再生する運転手氏。イントロ中「誰が歌ってんだ?」と聞いたら、ニヤっとしながらCDのジャケットを見せる。そこに写っているのは運転手氏の写真、そして「Francisco Carlos」と名乗りCDと一緒に歌い始める。間違いなく持ちネタ。ポルトガルギターは先ほど話題にあがったManuel Mendes、ギターはVital d’Assunçãoと、ご縁のある面々でした。